ふにふにおちる

21歳の大学生が書いています。いろんなことを腑に落とそうとします。

かぼちゃ

 

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             かぼちゃの馬車に乗りたいの。

 

 夢見る少女は大人になって、今コンビニをでたところ。手にはかぼちゃのサラダを下げている。お腹が空いた。でも、カップ麺を食べるなんてだらしのない事はしたくない。故にかぼちゃのサラダ。

 ビニール袋に入れたそれをぷらぷらさせながら私は、家に帰る。家では恋人が待っている。ぷらぷら。恋人は私の一個下。かぼちゃサラダぷらぷら。

 

くるっ。

 

ぷらぷらが度を越して1回転してしまった。かぼちゃサラダの大車輪。続けてくるっ、くるっ、くるっ。

 マンションの入り口が横目に入ったけれど、そのまま歩き続けることにした。かぼちゃサラダ、くるっくるっくるっ。楽しいわけじゃない。むしろ怒っている。いや、怒ってるわけじゃない。怒るべきことがない。くるっくるっくるっ。でも帰りたくない。退職理由や志望動機を書いてるあいつの姿を今は見たくない。くるっくるっくるっ。恋人は、すごい。たくさん転職活動をしている。いろんな仕事をしたことがある。恋人は、仕事が続かない。くるっくるっくるっ。まだ3ヶ月以上続いたことがない。恋人の悪いところは、仕事をやめてすぐに転職活動をはじめるところだ。やめて家でゴロゴロしていてくれれば、さっさと嫌いになれるものを、あいつはすぐ転職活動をする。まっすぐ、ひたむきに転職活動をするのはやめてほしい。諦めがつかないから。

 

ぐるぐるぐるぐる。

 

かぼちゃサラダを回す勢いがだんだん増してきた。やっぱり私は怒っているのかもしれない。あんなに苦労して転職したのに、また辞めるって言うから。いや、むかつくのはそこじゃない。私が

「そっか、良い仕事見つかるといいなぁ〜〜頑張れ〜〜〜〜」

って言ってしまったことだ。言いたいことが、言うべきことが、あったはずなのに。読んでる本を乱暴に閉じて、言わなきゃダメだろう。

 

ぶんっ!

 

私は私に怒っている。かぼちゃサラダ内村航平さながらに回っている。

 

ぶんぶんっ!!

 

「不甲斐なくてごめんね」

彼は仕事を辞めるたびに言う。そろそろ慣れろよ、と思うけれど、毎回辞めることは言いづらそうにするし、申し訳なさそうにしている。そして、ひたむきに転職活動を始める。ああ、むかつく。頼むよ、私。

 

ぶんぶんっ!!

 

結婚とかしたい子供とか欲しい一人で死にたくない。

 

ぶんぶんっ!!!!

 

だとしたら。

 

だとしたら。

 

ぶぉんぶぉんぶぉんぶぉん

 

 

 

 

 

なにを見ないふりしてんだよ。

 

 

 

 

 

 

怒って、お腹が空いて、家を飛び出して、コンビニで買ったかぼちゃサラダを私は振り回す。

 

ぶぉんぶぉんぶぉんぶぉん

 

ちゃんと夜は静かだから音がよく響く。肩が、痛い。でもやめない。かぼちゃサラダよ、回れ、回れ、回れ。

 

 次の瞬間、

 

ぴしっ

 

べちゅん

 

道路を挟んだ向かい側のビルの2階の窓に、べっとり張り付くオレンジの塊を見た。かぼちゃサラダ、着地。遠心力により袋の底が破れ、勢いよく飛び出したかぼちゃサラダが窓にぶつかり、パッケージの破裂とともに無残に張り付いた、という事が徐々に理解できた。

 私はぺたんと座り込んだ。ただ、べっとり張り付いたかぼちゃサラダを見上げていた。だらしないな、と思った。すごく食べたかったわけではないはずなのに、食べれなくなった途端にすごく食べたくなった。食べたかったなぁ、かぼちゃサラダ。もうべろべろ舐めちゃおうかな。2階だから無理か。残念だなぁ。

 私はずっと、そこに座っていた。

 男がやってきた。ひたむきな目をしている。

「帰ってこないから、心配で」

相変わらず、ひたむきだ。ひたむきに、仕事を続けてくれないだろうか。

「どうしたの」

私は、向かいのビルの2階の窓に目線をやった。彼はもちろん私の目線の先を見る。

「なにあれ!きたない!」

「私がやった。」

「え。」

「食べようと思ったのに、飛んでいっちゃった。」

彼はよく分かりませんという顔を3秒してから

「それは悲しいね!」

と言った。そして、コンビニの方に走りだした。

 

 4分後、相変わらずへたり込んでいる私の元に彼は戻ってきた。彼は手に下げたビニール袋から何かを取り出す。それは、ポテトサラダだった。

「ポテトサラダじゃなくてかぼちゃサラダだよ。」

もちろん私は言う。だってそうだから。

「僕は、ポテトサラダが食べたいから」

「…ああ、そう。」

がっかりした。チャンスだとも思った。今なら嫌いになれる。

 彼はポテトサラダのパックを開けて、中身を鷲掴みにした。そして、向かいのビルの2階の窓に向かってそれを投げた。綺麗なフォームだった。ポテトサラダは大きな弧を描いて飛んでゆく。まとったマヨネーズが夜の風に擦れる。

 

べちゅん

 

ポテトサラダは窓にべっとり張り付いた。かぼちゃサラダのぴったり左横だ。

「ポテトサラダをボールがわりに野球をやっていたことがあって。」

そんなわけないだろう。

「いやごめん。嘘。」

知ってるよ。なんの嘘だよ。

「これで、バランスが取れた。うん。僕はすごく食べたいポテトサラダを窓に張り付けた。窓につけちゃったのが1人だとバランスが悪いでしょ。ね。バランスも取れたことだし帰ろうか。」

 

ひたむき。

 

私はじわじわこみ上げる笑いをこらえきれなかった。しばらく笑った。彼も少し笑って

「帰ろう。」

と言った。

 私はゆっくり立ち上がった。そして、彼の背中に飛び乗った。べっとり、おんぶされてみた。今の私にはこれしかできない。でも、今の私にはこれができる。だらしない好きをこうしてやる。

 

かぼちゃサラダとポテトサラダはぴったり並んでいるし、かぼちゃの馬車には乗れなかったし、王子は何度でも転職をする。