かぼちゃ
かぼちゃの馬車に乗りたいの。
夢見る少女は大人になって、今コンビニをでたところ。手にはかぼちゃのサラダを下げている。お腹が空いた。でも、カップ麺を食べるなんてだらしのない事はしたくない。故にかぼちゃのサラダ。
ビニール袋に入れたそれをぷらぷらさせながら私は、家に帰る。家では恋人が待っている。ぷらぷら。恋人は私の一個下。かぼちゃサラダぷらぷら。
くるっ。
ぷらぷらが度を越して1回転してしまった。かぼちゃサラダの大車輪。続けてくるっ、くるっ、くるっ。
マンションの入り口が横目に入ったけれど、そのまま歩き続けることにした。かぼちゃサラダ、くるっくるっくるっ。楽しいわけじゃない。むしろ怒っている。いや、怒ってるわけじゃない。怒るべきことがない。くるっくるっくるっ。でも帰りたくない。退職理由や志望動機を書いてるあいつの姿を今は見たくない。くるっくるっくるっ。恋人は、すごい。たくさん転職活動をしている。いろんな仕事をしたことがある。恋人は、仕事が続かない。くるっくるっくるっ。まだ3ヶ月以上続いたことがない。恋人の悪いところは、仕事をやめてすぐに転職活動をはじめるところだ。やめて家でゴロゴロしていてくれれば、さっさと嫌いになれるものを、あいつはすぐ転職活動をする。まっすぐ、ひたむきに転職活動をするのはやめてほしい。諦めがつかないから。
ぐるぐるぐるぐる。
かぼちゃサラダを回す勢いがだんだん増してきた。やっぱり私は怒っているのかもしれない。あんなに苦労して転職したのに、また辞めるって言うから。いや、むかつくのはそこじゃない。私が
「そっか、良い仕事見つかるといいなぁ〜〜頑張れ〜〜〜〜」
って言ってしまったことだ。言いたいことが、言うべきことが、あったはずなのに。読んでる本を乱暴に閉じて、言わなきゃダメだろう。
ぶんっ!
私は私に怒っている。かぼちゃサラダは内村航平さながらに回っている。
ぶんぶんっ!!
「不甲斐なくてごめんね」
彼は仕事を辞めるたびに言う。そろそろ慣れろよ、と思うけれど、毎回辞めることは言いづらそうにするし、申し訳なさそうにしている。そして、ひたむきに転職活動を始める。ああ、むかつく。頼むよ、私。
ぶんぶんっ!!
結婚とかしたい子供とか欲しい一人で死にたくない。
ぶんぶんっ!!!!
だとしたら。
だとしたら。
ぶぉんぶぉんぶぉんぶぉん
なにを見ないふりしてんだよ。
怒って、お腹が空いて、家を飛び出して、コンビニで買ったかぼちゃサラダを私は振り回す。
ぶぉんぶぉんぶぉんぶぉん
ちゃんと夜は静かだから音がよく響く。肩が、痛い。でもやめない。かぼちゃサラダよ、回れ、回れ、回れ。
次の瞬間、
ぴしっ
べちゅん
道路を挟んだ向かい側のビルの2階の窓に、べっとり張り付くオレンジの塊を見た。かぼちゃサラダ、着地。遠心力により袋の底が破れ、勢いよく飛び出したかぼちゃサラダが窓にぶつかり、パッケージの破裂とともに無残に張り付いた、という事が徐々に理解できた。
私はぺたんと座り込んだ。ただ、べっとり張り付いたかぼちゃサラダを見上げていた。だらしないな、と思った。すごく食べたかったわけではないはずなのに、食べれなくなった途端にすごく食べたくなった。食べたかったなぁ、かぼちゃサラダ。もうべろべろ舐めちゃおうかな。2階だから無理か。残念だなぁ。
私はずっと、そこに座っていた。
男がやってきた。ひたむきな目をしている。
「帰ってこないから、心配で」
相変わらず、ひたむきだ。ひたむきに、仕事を続けてくれないだろうか。
「どうしたの」
私は、向かいのビルの2階の窓に目線をやった。彼はもちろん私の目線の先を見る。
「なにあれ!きたない!」
「私がやった。」
「え。」
「食べようと思ったのに、飛んでいっちゃった。」
彼はよく分かりませんという顔を3秒してから
「それは悲しいね!」
と言った。そして、コンビニの方に走りだした。
4分後、相変わらずへたり込んでいる私の元に彼は戻ってきた。彼は手に下げたビニール袋から何かを取り出す。それは、ポテトサラダだった。
「ポテトサラダじゃなくてかぼちゃサラダだよ。」
もちろん私は言う。だってそうだから。
「僕は、ポテトサラダが食べたいから」
「…ああ、そう。」
がっかりした。チャンスだとも思った。今なら嫌いになれる。
彼はポテトサラダのパックを開けて、中身を鷲掴みにした。そして、向かいのビルの2階の窓に向かってそれを投げた。綺麗なフォームだった。ポテトサラダは大きな弧を描いて飛んでゆく。まとったマヨネーズが夜の風に擦れる。
べちゅん
ポテトサラダは窓にべっとり張り付いた。かぼちゃサラダのぴったり左横だ。
「ポテトサラダをボールがわりに野球をやっていたことがあって。」
そんなわけないだろう。
「いやごめん。嘘。」
知ってるよ。なんの嘘だよ。
「これで、バランスが取れた。うん。僕はすごく食べたいポテトサラダを窓に張り付けた。窓につけちゃったのが1人だとバランスが悪いでしょ。ね。バランスも取れたことだし帰ろうか。」
ひたむき。
私はじわじわこみ上げる笑いをこらえきれなかった。しばらく笑った。彼も少し笑って
「帰ろう。」
と言った。
私はゆっくり立ち上がった。そして、彼の背中に飛び乗った。べっとり、おんぶされてみた。今の私にはこれしかできない。でも、今の私にはこれができる。だらしない好きをこうしてやる。
かぼちゃサラダとポテトサラダはぴったり並んでいるし、かぼちゃの馬車には乗れなかったし、王子は何度でも転職をする。